旅についての考え方

日本一周者が伝える!旅と放浪の違いは!?

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どーも!

正道(@sunobobaka204)です!

 

 

みなさん、旅と放浪の違いについて考えたことありますか?

 

旅と放浪については人それぞれ意見があり、旅人の中でも様々。

 

今回は!僕が思う

旅と放浪の違いについて書きます!

 

 

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「旅とは」

と検索すると

自宅を離れてよその土地へ行くこと。旅行。

 

書いてありました。

 

ここでは旅とは旅行。旅=旅行と書かれています。

 

確かに旅と旅行はやってることは同じに見えるかもしれません。

しかし、旅を通して何かを感じた人なら「旅と旅行は違う」と感じるはず。

そして旅と放浪も違うと感じることでしょう。

 

旅とは何か

 

旅人に

「旅とは何か」

を聞いた時に帰ってくる言葉は様々。

 

・非日常、人生

・心の洗濯

・働く目的

・趣味

・ストレス解消

・出会い

・無言の教師

・逃避

・・・etc

 

というように旅人の数だけ旅の数がある。

 

ちなみに僕にとっての旅とは

「価値観を壊すもの。自分の破壊。」

です。

(破壊とかいうとなんか中二病みたいだな。笑)

 

人との出会いや、息を呑む絶景。

時に寝床がなくて辛かったり、人に裏切られて悲しくて、腹が立って。

そうやって自分の中での当たり前が壊れていくんです。

 

特に、僕の旅の中で大きく関係してきた”人との出会い”は

「あ、こんな生き方もあるんだな」

「こんな人になりたい」

と自分を広げてくれました。

 

そうやって自分の中での価値観が壊され、色んな考え方ができるようになる。(なってるのかな?笑)

 

旅に必要なもの

 

旅に必要なもの。

それは

意思

です。

 

何か目的があるのが旅だと思います。

「人と出会う!」

「富士山が見たい!」

「旅が終わったら家に帰るぞ!」

という意思があるのが旅。

 

旅をする木

 

 多くの人々に出会い、助けられながら、ぼくは二か月の旅を無事に終えることができた。終着点としていたサンフランシスコにたどり着いた日、特大のハンバーガーとコーラで、ぼくは自分自身に乾杯をした。心の筋肉というものがもしあるならば、そんなものをふつふつと体に感じていた。

今振り返ってみると、十六歳という年齢は若過ぎたのかもしれない。毎日毎日をただ精一杯、五感を緊張させて生きていたのだから、さまざまなものをしっかりと見て、自分の中に吸収する余裕などなかったのかもしれない。しかしこれほど面白かった日々はない。一人だったことは、たくさんの人々との出会いを与え続けてくれた。その日その日の決断が、まるで台本のない物語を生きるように新しい出来事を展開させた。それは実に不思議なことでもあった。バスを一台乗り遅れることで、全く違う体験が待っているということ。人生とは、人の出会いとはつきつめればそういうことなのだろうが、旅はその姿をはっきりと見せてくれた。

星野道夫旅をする木』より

 

「旅をする木」という本の一部。他のブログから引用しました。

 

”その日その日の決断が、まるで台本のない物語を生きるように新しい出来事を展開させた”

と書いてありますが、まさにその通り。

 

旅の中での決断は目に見えて次の出来事に直結しているので、

いかに今の自分が、自分の目の前に広がっている光景が偶然の産物であるかを教えてくれます。

 

放浪

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「放浪とは」

と検索すると

あてもなくさまよい歩くこと。さすらい。

と出てきます。

 

まさにその通り!

放浪とはあてもなくさまよい歩くことでしょう。

 

自分探しの旅

 

いわゆる「自分探し」と言って旅をする人がいますが

僕からすると「自分を探す」というのは目的ではないです。

 

自分を探すために旅に出るというのも正直よくわからない。

自分を探すためには自分と向き合わないといけない。自分と話さないといけない。

 

ちなみに、正直、今の20歳の僕が周りを見ていると自分を見つけている人なんてほとんどいない。

 

「自分探し」のために旅にでても、その旅が現実逃避ならば

自分なんて見つかるはずもない。

 

「自分探し」と言って旅をしている人も、よく話して見たら

「こうなりたい」

「アレが見たい」

と、他の目的がどんどん出てくる出てくる。

話しているうちに

「え、それが自分じゃないんですか?」

ということもあります。笑

 

放浪は高確率で何も得ない

 

放浪とは、旅と違い目的がない。

ただ現実が嫌になったり、なんとなく旅が好きだから出て見たり。

 

僕は「みんなの毎日の楽しみになるために」という目的を掲げ

自転車で日本一周の旅に出ました。

 

しかし、旅ではなく放浪の自転車日本一周であれば

同じように自転車で319日の野宿の旅をして、同じに道を走っていたとしても

高確率で僕は何も得なかったでしょう。

 

現に僕は自転車日本一周に出発する前に、自転車で四国を一周しましたが

あの四国一周は完全に放浪でした。

 

浪人という現実から逃げて、自転車に荷物を積んで四国を回りました。

 

四国を一周し終えた僕に残っていたのは

 

「峠がしんどかった」

「野宿が怖かった」

「足が疲れた」

「坂がほんまに嫌だ」

 

しかなかったです。

 

確かに四国は一周した。自転車で。

しかし、中身は全くなかったんです。

 

それは目的がなかったから。

何かをしたいわけでもなく、何かと向き合った訳でもなく・・。

ただ単に僕は自転車を走らせただけ。そんなのは誰にだってできます。

本質は「一周した」という結果ではなく、一周の内容なんです。

 

 

旅と放浪の違い

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上の「旅」と「放浪」をまとめると

旅には目的があり、放浪には目的がない

ということ。

 

目的の有無は旅の中身を大きく変えます。

 

やはり目的を持って何かに進んでいる人に魅力を感じます。

 

僕は、ただ自転車で走っている放浪の日本一周の人にも会ったし、

何かを成し遂げようと、挑戦しようとしながら日本一周をしている人にも会いました。

 

やはりオーラが違います。

そしてその人たちは出会ってる人の数も違います。

やはり、キラキラした人に人は惹きつけられ、話しかけたくなるのでしょうか。

 

 

 

僕は放浪を経験して、なおかつ旅も経験した。

だからこそ思う。

放浪はただの逃げ。

そういう時期も人によっては必要なのかもしれない。

 

でも、どうせ外に出るなら何か目的を持ち、あるいは自分の中から探して旅に出てみては?

 

 


 

今回は旅と放浪についての記事でした!

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ではまた!

 

 

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