正道とは

自己紹介~経歴8・自転車日本一周出発準備編(v.s母。スポンサーCYMA様との出逢い)~

2016/07/13

IMG_6637(日本一周シリーズ・静岡県:変態関所到着の写真)

 

 

どーも!

正道です!

 

今回は経歴8!

日本一周編です!

 

いやーついに去年までプロフィールが来ましたね!

日本一周編は書くか悩んだんですが…(正道の日本一周ブログに全部書いてあるし。)

 

正道の日本一周ブログ読んだことない人で、このブログから読んでくださっている方も多いと思うので書くことにしました!!

 

 

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青年は旅に出る!自転車日本一周編!!!

 

僕は2015年4月21日から2016年3月2日まで自転車で日本一周していました。

 

今回は

 

なぜ旅に出たのか?

浪人→日本一周の流れ

 

 

について書いていきます!

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男はなぜ旅に出た

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多分1番聞かれる質問です。笑

 

日本一周したことを知った人達はまずこれ聞いてきます。

「正道なんで日本一周やろうと思ったん?」

「なんで自転車なん?」

 

同じ日本一周をしていた人の中で

「死んだ友人の夢が日本一周だった。俺はその夢を一緒に叶えるために、友人の遺骨と一緒に日本一周をしている」

 

なんて言った人がいましたが、

僕はそんな漫画やドラマみたいな理由じゃないです。

 

日本一周のキッカケなんて…

というか、僕が行うすべての行動なんて、これまでの人生全てが原因であり理由だと思うんですよね。

 

だから「なんでしたの?」と聞かれてもそんなパッと答えれるものじゃないんですが、

 

強いて言えば、

「日本を見てみたかった」

 

「みんなが日本を飛ばして海外に目を向けるから、逆に日本を見てやろうと思った」

 

「ブログを書いて、あの人(経歴7の記事参照)のように誰かの楽しみになりたかった」

 

「これまで口だけの男になっていたので自分の殻を壊したかった」

 

「浪人時代、第一志望に行けず、その原因が自分が最後まで本気を出さなかったというのもあり、本気で一つの事を成し遂げたかった」

 

だと思う。

そして、これまでの人生で何度か旅に出ていたのも原因だろう。

 

 

自転車を選んだ理由は

 

「一番自分と戦えると思ったから」

「限界に挑みたかったから」

 

という理由。

体力の限界に追い込まれる自転車という乗り物に惹かれたのだ。

これまでの人生で、自転車とかかわる事が多かったということも原因だろう。

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浪人→日本一周の流れ「母v.s正道」

正道看板

日本一周の事を考え始めたのは、浪人が終わるとき。

国立大学二次試験の前後だったと思う。

 

そして全ての試験が終わった頃には

「日本一周絶対行く!!!」

と決めていた。

 

まず母に相談。

この時まだ大阪に下宿していたので、電話で相談。

 

最初は

「わかったわかった。まー君の好きにしていいよ」

と言われたが、

 

2回目に電話した時に

”どうやらコイツ本気で日本一周する気だ”

と理解したらしく

 

これまでにないほど母に激昂された。

それはもう、ここでは書けない程恐ろしい言葉を言われたものだ。

僕もその言葉に相当落ち込んで泣き叫びながら電話を切ったのを覚えている。

 

母が怒るのも無理はない。

浪人までさせてようやく大学に行くことが決定したのに、入学してすぐ日本一周するなんて言い始めたのだから。

 

でも僕は譲れなかった。

ここでしないと俺一生後悔する。今しかない!!

と思っていたからだ。

 

そして激闘の末母が折れた。

そして僕の気持ちを理解してくれ、今度は応援してくれ始めた。

 

自転車がない!?ならばスポンサー様に出していただこう!!

 

しかし、まだ問題があった。

実家にいる母以外の、祖父母、叔父の説得、そして母が勝手に僕の自転車をいとこに献上したことにより自転車がないこと、大学の休学手続きだ。

 

これを同時にクリアするために僕が考え抜いた結論は

 

「自転車を提供してもらうために、スポンサーをつけよう!

そしてスポンサーをつけるために書く企画書を持って、ちゃんとみんなを説得しよう」

 

そうして僕は人生初の企画書づくり、スポンサー探しを始めた。

 

スポンサーなんて全然知らないし、企画書もどう書いたらいいかわからない。

インターネットと、自営業を営む母の助言を頼りに何とか作り上げたのだ。

 

まず最初に母を味方につけることができたのが大きかった。

相当反対していたのに、結果ものすごく応援してくれた母はすごいと思う。

 

そして今度はその企画書を自転車を取り扱っている会社に送りまくった。

みんな知っている

「サイクルベースあさひ」はもちろん、全然知らない会社にまで。

 

しかし大手は「個人に対する協賛は行っておりません」と断られ

そ例外の会社からは返事もなかった。

 

しかし…

なんと一社から、返事が返った来た!

 

その会社こそが、厚いサポートで僕の日本一周を支援してくださった

CYMA-サイマ-様である

 

これが、今や上場ベンチャー企業の株式会社エイチーム

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の子会社で、自転車をインターネット販売しているCYMA様との出逢いだった。

 

僕はすぐに、名古屋のCYMA工場へと挨拶に向かった。

 

そうして無事自転車を提供してくださるスポンサー様も見つかり、実家に帰り、その企画書と僕の頑固さで説得したのだ。

 

あとは大学だ。

入学式とフレッシャーズキャンプというものにのみ出て、すぐに休学。

休学手続きはすぐに終わった。むしろ先生方も応援してくださった。

そうして授業は一つも出ることもなく休学。

 

 

着々と準備を進めた。

 

しかーーーし!!!
まだ問題があった!!!!

 

 

恩師の言葉。そして恐怖心。

 

浪人時代の塾の先生から、きつい言葉を食らったのだ。

その時のブログがこちら。

http://ameblo.jp/masamititabi/entry-12006884976.html

 

 

このきつい言葉から僕は自分と向き合い、

日本一周を通して何がしたいのか…どうなりたいのかを知ることができた。

 

しかし、出発一週間前。

突然旅に出るのが怖くなる。逃げたくなる。

ここまで準備して、行動して、それでも出発前は怖かった。逃げたかった。

 

浪人時代に聞いた話。

人間は幸せになる前に怖くなることがあるそうだ。

今の自分から、新しい自分になるのに恐怖するらしい。

 

結婚を控えた女性に多いらしい。

結婚式直前で「私これでいいのかな」なんて思ってしまうような。

 

その現象が僕にも起きた。

 

これから始まる約1年の1人旅。

ずっと知らない環境へ身を置かれることへのワクワクと同じくらいの不安と恐怖。

浪人時代に鍛えられた根性や強い意志がなければあの時日本一周をやめていたかもしれない。

 

 

あの時が、日本一周出発前の最後の壁だったのかもしれない。

 

でも僕は逃げなかった

 

そうして2015年4月21日。

19歳の僕の旅が始まったのである。

まさかこの後、想像を絶するような経験をするとは、この時は思いもしなかった。

 

これが僕の浪人~日本一周の流れです。

当時かけなかった内容(出発直前に逃げたいとか)もかけたので良かった('ω')ノ

 

ここに書いてない出発までの流れは、このブログの右上にあるメニューバーの「正道の日本一周」ブログを見てみてね!

今見ると恥ずかしい内容が満載!笑

 

ではまた!

 

 

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